日々の暮らしの中で、何かが変わったと感じる事があると思いますが、それが良い方に変わる時と、悪い時に変わる時があります。
今日は何となくそんな感じがする日でした。あまりにも抽象的で読まれている方には分かり辛いと思いますがご勘弁下さい。
年々歳を重ねる毎に、計画や予測に対して楽観的に考える事は少なくなりますが、油断していると予測しているストーリーにさえも驚かされる時があります。
すみませんが今日はここまで...
2009年11月24日火曜日
2009年11月23日月曜日
CS2
私の大好きなCS2放送。もともとテレビっ子というか、映画やドラマが大好きなのですが、先日、アガサ・クリスティーの名作「名探偵ポアロ」の話題には触れましたが、現在、AXNWで再放送中の「CSI-NY」が楽しみにしています。
CSIシリーズは、「CSI-科学捜査班」、「CSI-マイアミ」、「CSI-NY」とあるが、殺人事件を中心にその確信に迫る為に、現在の科学捜査の最先端の技術と個性溢れる登場人物の経験やアイデアや正義感が難事件を科学的に解決していくストーリーがわくわく感もあり、また、その事件の内容がドラマ仕立てとはいえ、「最後は、そこに落とすか?」的な終わり方も大きな魅力のドラマです。
しかし、現在の科学捜査技術をもってしても解決できない難事件もありますが、そのようなケースは、何年後かに更に科学捜査の技術が向上した際に事件解決となる「コールドケース」をご覧下さい。これもなかなかの出来栄えですよ。
しかし、悪いことは出来ませんよ!
CSIシリーズは、「CSI-科学捜査班」、「CSI-マイアミ」、「CSI-NY」とあるが、殺人事件を中心にその確信に迫る為に、現在の科学捜査の最先端の技術と個性溢れる登場人物の経験やアイデアや正義感が難事件を科学的に解決していくストーリーがわくわく感もあり、また、その事件の内容がドラマ仕立てとはいえ、「最後は、そこに落とすか?」的な終わり方も大きな魅力のドラマです。
しかし、現在の科学捜査技術をもってしても解決できない難事件もありますが、そのようなケースは、何年後かに更に科学捜査の技術が向上した際に事件解決となる「コールドケース」をご覧下さい。これもなかなかの出来栄えですよ。
しかし、悪いことは出来ませんよ!
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2009年11月22日日曜日
電動スクーター全国キャラバン
本日は、毎度お馴染みの「CO2マイナスプロジェクト」の啓蒙イベントでもある。
19日に開催いたしました。同プロジェクトのキックオフの際に出発式を慣行しました、「電動スクーター全国キャラバン」の伝達式を神奈川県から東京都へバトンタッチいたしました。
東京では、加藤会長始めとして、東京青年部の方かだも家族連れでご参加いだきました。あいにくの寒さと小雨に身体は芯まで冷えましたが、予定どおりバトンを渡すことが出来ました。
東京青年部では、皇居や都内の名所をまわり写真撮影等でこのキャラバンを盛り上げたみたいです。
今後も、全国の皆様の町にお邪魔する電動スクーターの全国キャラバン、CO2マイナスプロジェクトの啓蒙に一役してくれれば幸甚です。
神奈川県の往路ライダーの桃神興産の木野君、寒い中お疲れ様でした。今後も青年部活動宜しくお願いします。
19日に開催いたしました。同プロジェクトのキックオフの際に出発式を慣行しました、「電動スクーター全国キャラバン」の伝達式を神奈川県から東京都へバトンタッチいたしました。
東京では、加藤会長始めとして、東京青年部の方かだも家族連れでご参加いだきました。あいにくの寒さと小雨に身体は芯まで冷えましたが、予定どおりバトンを渡すことが出来ました。
東京青年部では、皇居や都内の名所をまわり写真撮影等でこのキャラバンを盛り上げたみたいです。
今後も、全国の皆様の町にお邪魔する電動スクーターの全国キャラバン、CO2マイナスプロジェクトの啓蒙に一役してくれれば幸甚です。
神奈川県の往路ライダーの桃神興産の木野君、寒い中お疲れ様でした。今後も青年部活動宜しくお願いします。
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2009年11月21日土曜日
捕手論
昨日に引き続き、元メジャーリーガー「野茂英雄」の記事。
昨日の「エース論」から本日は「捕手論」。大投手と言われるエースには必ずと言っていいほど「名捕手」が存在する。それは、エースが育てる名捕手もいれば、名捕手が育てたエースもいて、それはどちらも正解の話です。
野茂投手にも何人かの捕手との出会いに恵まれた結果が「エース」と成り得たと語っている。
近鉄時代の光山捕手、私も同じ年齢ということもあり、オープン戦や先輩の引退パーティー等で何度か会話したこともありますが、物腰が柔らかく好印象の人間でした。近鉄の当時の監督である仰木さんは、野球については、とにかく頑固な野茂投手に温和なすべてを受け止めてくれる光山捕手を充てたという。
野茂投手は、メジャーリーグに行ってからも、捕手に恵まれている。ドジャースの強打の好捕手「ピアザ」。一度も受けたことがない野茂投手に対して「何でも俺に言ってくれ!やりたいようにやらすから」と言い、野茂投手のウイニングショットである「フォークボール」に対しても「絶対にワンバウンドを投げろ!絶対に止めてやるから」と言ったという。
また、レッドソックスでは、チームキャプテンのベテランで、メジャー屈指の名捕手バリテックとも出会う。「自分の事よりも、ピッチャーとチームを優先する選手で、試合に出ているときはもちろん、怪我で出ないときでも全試合をチェックする勉強家であり、謙虚で全然偉ぶらない」と評しています。
この様な“良い捕手”との出会いが「エース野茂」を支えたことも事実であります。
実は私も“捕手”です。私の捕手としての師匠は、あの「400勝投手金田正一」とバッテリーを組んでおられた「根来広光」さんです。18歳でヤクルトに入団した時の二軍バッテリーコーチが根来さんでした。当時の二軍の捕手は、ブルペンでの投球を受けることは勿論のこと、バッティングキャッチャー、新人の年は、道具の運搬や手入れ、飲み物の用意、試合に出れないときはバットボーイや審判へのボール渡し、あるときには、一軍の練習のお手伝いに神宮球場へと様々な仕事が課せられます。
私が捕手として一番最初に根来さんに教わった言葉が「捕手というものは、目配り、気配り、思いやりの気持ちで努めよ。」でした。なかなか自身の練習の時間が取れないポジションであるからこそ、目を配ることで知恵を得て、いつも目立たない部分に気を配り、思いやりをもってチームメイトと接するという言葉です。
根来さんの捕手としての教えは、企業の経営者となった今でも、自分自身の考えの柱であり、当社の経営に反映されています。
あの大投手金田の投球を、「ノーサインで捕っていた名捕手根来さん」。技術的にも精神的にも弟子の中では、一番下の選手でしたが、「目配り!気配り!思いやり!」この教えは今も忘れていません。
野茂投手の捕手論から大きく脱線して、自身の捕手論になりましたがお許しを下さい。
この話し書き出したら止まらなくなりそうです。
「みんな野球が好きだった」(集英社)著者:根来広光/小田豊二
昨日の「エース論」から本日は「捕手論」。大投手と言われるエースには必ずと言っていいほど「名捕手」が存在する。それは、エースが育てる名捕手もいれば、名捕手が育てたエースもいて、それはどちらも正解の話です。
野茂投手にも何人かの捕手との出会いに恵まれた結果が「エース」と成り得たと語っている。
近鉄時代の光山捕手、私も同じ年齢ということもあり、オープン戦や先輩の引退パーティー等で何度か会話したこともありますが、物腰が柔らかく好印象の人間でした。近鉄の当時の監督である仰木さんは、野球については、とにかく頑固な野茂投手に温和なすべてを受け止めてくれる光山捕手を充てたという。
野茂投手は、メジャーリーグに行ってからも、捕手に恵まれている。ドジャースの強打の好捕手「ピアザ」。一度も受けたことがない野茂投手に対して「何でも俺に言ってくれ!やりたいようにやらすから」と言い、野茂投手のウイニングショットである「フォークボール」に対しても「絶対にワンバウンドを投げろ!絶対に止めてやるから」と言ったという。
また、レッドソックスでは、チームキャプテンのベテランで、メジャー屈指の名捕手バリテックとも出会う。「自分の事よりも、ピッチャーとチームを優先する選手で、試合に出ているときはもちろん、怪我で出ないときでも全試合をチェックする勉強家であり、謙虚で全然偉ぶらない」と評しています。
この様な“良い捕手”との出会いが「エース野茂」を支えたことも事実であります。
実は私も“捕手”です。私の捕手としての師匠は、あの「400勝投手金田正一」とバッテリーを組んでおられた「根来広光」さんです。18歳でヤクルトに入団した時の二軍バッテリーコーチが根来さんでした。当時の二軍の捕手は、ブルペンでの投球を受けることは勿論のこと、バッティングキャッチャー、新人の年は、道具の運搬や手入れ、飲み物の用意、試合に出れないときはバットボーイや審判へのボール渡し、あるときには、一軍の練習のお手伝いに神宮球場へと様々な仕事が課せられます。
私が捕手として一番最初に根来さんに教わった言葉が「捕手というものは、目配り、気配り、思いやりの気持ちで努めよ。」でした。なかなか自身の練習の時間が取れないポジションであるからこそ、目を配ることで知恵を得て、いつも目立たない部分に気を配り、思いやりをもってチームメイトと接するという言葉です。
根来さんの捕手としての教えは、企業の経営者となった今でも、自分自身の考えの柱であり、当社の経営に反映されています。
あの大投手金田の投球を、「ノーサインで捕っていた名捕手根来さん」。技術的にも精神的にも弟子の中では、一番下の選手でしたが、「目配り!気配り!思いやり!」この教えは今も忘れていません。
野茂投手の捕手論から大きく脱線して、自身の捕手論になりましたがお許しを下さい。
この話し書き出したら止まらなくなりそうです。
「みんな野球が好きだった」(集英社)著者:根来広光/小田豊二
2009年11月20日金曜日
エース論
以前にも元メジャーリーガー「野茂英雄」の話しは何度かブログに書かせてもらいましたが、私が好きな野球人の一人であります。
私も日本では、同じ世界にいましたが、リーグも違うし、勿論実績も全く違いすぎるので直接の接点は全くありませんが、私自身大変興味があるアメリカのスポーツビジネスに関する書籍等を観ても、様々な観点から「人間」としても評価が高く、表現は下世話ですが、当時のメジャーリーグの数多いプレーヤーの中でもトップ級の“タレント”でもあり、“商品”でもありました。
最近は、あまりメディアに登場しない同氏ですが、18日付けの日刊スポーツにコメント記事が掲載されていましたので、その一部を今日、明日と披露したいと思います。
「チームのエースであることとは?」・・・
「常に健康で、人間的にもプレー的にも常に尊敬できる存在」という気がする。「チーム内で認められているエースにあまり悪い人はいなかった。」と述べている。
最初からエースという投手はいない。そのピッチングの成長とともに、その過程での練習態度や、チームメイトとの接し方、そして、「勝ち負けという結果」で、周りから「エース」として認められ、チームに頼られるものだと言う。
更に「エースとは、チームに必要とされる存在であること。」その為には「常にマウンドでは堂々としてしていなければならない。自分が打たれても、チームがエラーしても、きわどいゲームでも、大差のゲームでも、いつでも同じ態度でいるのがエースだ。」とも述べている。
数多いメジャーのチームで投げてきた彼は、時にはエースとして、またあるチームでは超が付くほどの大エースとともにローテーションを守もってきた訳ですが、戦いや競争は相手チームだけではなく、自身のチーム内での競争もあるわけで、そういった日々の繰り広げられる競争や言動の中からチームに認められるものだけが、「エース」となって行くとまとめてある。
今思えば、「野茂英雄」は負ける姿も絵になったとコメントする方は少なくない、それは三振を取ってマウンドを降りて行く時も、打たれて降りていく時も「常にエースとして堂々としていたことと、彼の性格である。」それを最後まで“貫いたエース”だった。と記事は締めくくっている。
「常に堂々としていること。」今の自分に当てはめてみます。
私も日本では、同じ世界にいましたが、リーグも違うし、勿論実績も全く違いすぎるので直接の接点は全くありませんが、私自身大変興味があるアメリカのスポーツビジネスに関する書籍等を観ても、様々な観点から「人間」としても評価が高く、表現は下世話ですが、当時のメジャーリーグの数多いプレーヤーの中でもトップ級の“タレント”でもあり、“商品”でもありました。
最近は、あまりメディアに登場しない同氏ですが、18日付けの日刊スポーツにコメント記事が掲載されていましたので、その一部を今日、明日と披露したいと思います。
「チームのエースであることとは?」・・・
「常に健康で、人間的にもプレー的にも常に尊敬できる存在」という気がする。「チーム内で認められているエースにあまり悪い人はいなかった。」と述べている。
最初からエースという投手はいない。そのピッチングの成長とともに、その過程での練習態度や、チームメイトとの接し方、そして、「勝ち負けという結果」で、周りから「エース」として認められ、チームに頼られるものだと言う。
更に「エースとは、チームに必要とされる存在であること。」その為には「常にマウンドでは堂々としてしていなければならない。自分が打たれても、チームがエラーしても、きわどいゲームでも、大差のゲームでも、いつでも同じ態度でいるのがエースだ。」とも述べている。
数多いメジャーのチームで投げてきた彼は、時にはエースとして、またあるチームでは超が付くほどの大エースとともにローテーションを守もってきた訳ですが、戦いや競争は相手チームだけではなく、自身のチーム内での競争もあるわけで、そういった日々の繰り広げられる競争や言動の中からチームに認められるものだけが、「エース」となって行くとまとめてある。
今思えば、「野茂英雄」は負ける姿も絵になったとコメントする方は少なくない、それは三振を取ってマウンドを降りて行く時も、打たれて降りていく時も「常にエースとして堂々としていたことと、彼の性格である。」それを最後まで“貫いたエース”だった。と記事は締めくくっている。
「常に堂々としていること。」今の自分に当てはめてみます。
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Re Style
2009年11月19日木曜日
全国正副部会長会議
本日、全国産業廃棄物連合会 青年部協議会における「全国正副部会長会議」が横浜市で開催されました。
全国から200名を超える方々にご参加いただき、来年の全国大会の記念事業「CO2マイナスプロジェクト」についてのキックオフを中心としたイベントでございました。
第一部の会議、第二部の懇親会と設営担当である神奈川県青年部を中心として関東ブロックの8都県で進めさせていただきました。
加藤会長と全国8ブロックを訪問させていただき、様々な方々とお会いさせていただきましたが、まだまだ、記念事業や啓蒙活動に対しての説明不足もあり、ご不満の声を頂戴したりする部分もありました。
そういった反省部分も含めて今後の課題解決に精進したいと思います。来年開催される全国大会が本来の目的を達成するためにも、全国幹事会、そして、全国の都道府県の会員の皆様にご協力をお願い致します。
全国から200名を超える方々にご参加いただき、来年の全国大会の記念事業「CO2マイナスプロジェクト」についてのキックオフを中心としたイベントでございました。
第一部の会議、第二部の懇親会と設営担当である神奈川県青年部を中心として関東ブロックの8都県で進めさせていただきました。
加藤会長と全国8ブロックを訪問させていただき、様々な方々とお会いさせていただきましたが、まだまだ、記念事業や啓蒙活動に対しての説明不足もあり、ご不満の声を頂戴したりする部分もありました。
そういった反省部分も含めて今後の課題解決に精進したいと思います。来年開催される全国大会が本来の目的を達成するためにも、全国幹事会、そして、全国の都道府県の会員の皆様にご協力をお願い致します。
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2009年11月18日水曜日
協会事務局
明日は、地元横浜で開催される「全国産業廃棄物協会青年部協議会」の正副部会長会議です。
全国から各都道府県の青年部幹部が横浜に集結し、来年の全国大会のプレイベントを行います。プログで何度もご披露している「CO2マイナスプロジェクト」のキックオフとなります。
出席いただく全国青年部のメンバー、その数200名を超えます。
その為の設営準備で一緒に汗をかいてくれているのが、おもてなしする側の神奈川県産廃協会事務局のメンバー「Y君」と「Kさん」。
凝ったイベントをいつも企画する「神奈川青年部」において、必要不可欠な心強いスタッフです。
本日も、明日の資料の作成、進行台本の見直し・読み直しで現在も作業中です。私の方は、修正した資料を確認し、GOサインを出して、その合間をぬってプログ更新中です。(失礼してます。)
わがままな神奈川県青年部幹部と協会事務局に挟まれいつも苦労が絶えないようです。(いつもすみません。)
今から想像しても恐ろしい、来年の全国大会の設営準備ですが、「Y君」と「Kさん」とみんな一緒に汗かいて頑張ります。そして、あまりわがまま言わないようにしますから協力宜しくお願いしますね。
全国から各都道府県の青年部幹部が横浜に集結し、来年の全国大会のプレイベントを行います。プログで何度もご披露している「CO2マイナスプロジェクト」のキックオフとなります。
出席いただく全国青年部のメンバー、その数200名を超えます。
その為の設営準備で一緒に汗をかいてくれているのが、おもてなしする側の神奈川県産廃協会事務局のメンバー「Y君」と「Kさん」。
凝ったイベントをいつも企画する「神奈川青年部」において、必要不可欠な心強いスタッフです。
本日も、明日の資料の作成、進行台本の見直し・読み直しで現在も作業中です。私の方は、修正した資料を確認し、GOサインを出して、その合間をぬってプログ更新中です。(失礼してます。)
わがままな神奈川県青年部幹部と協会事務局に挟まれいつも苦労が絶えないようです。(いつもすみません。)
今から想像しても恐ろしい、来年の全国大会の設営準備ですが、「Y君」と「Kさん」とみんな一緒に汗かいて頑張ります。そして、あまりわがまま言わないようにしますから協力宜しくお願いしますね。
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